おいりゃぁすわせ〜〜

変なタイトルですが、標準語で言えば「お出で遊ばしませ〜〜」でしょうか。 from 19-September-2005

情報化社会なのに〜(~_~;)

  9月末頃から気が付いていましたが、急に日没が早くなり
外出していても気が揉めます。
時間を上手く使う事が出来ず何時もアタフタとしています。
10月半ばとなり日の入りが午後5時20分台となりました。
これで、今年も後僅かとなったと言う実感がして来ました。
何となく見ているTvですが、意外な形での買い物が増えました。



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通信販売が意外にお値打ちで有る事が理解でき、ちょこちょこと
購入する様になりました。
配達の人も有る程度地域で限定されて、お互い顔見知りで安心です。
所が最近数年間この地区の担当だった人が来なくなり変わりの人が
宅配に来てくれます。

私が不在で有れば必ず「不在表」がポストに入れて有ります。
時間的に短時間の時間差で有れば、電話をすればその日の内に
宅配完了です。
夫々携帯電話を持ち、電話番号が掲載して有ります。
確実に本人に通じれば事は確実です。

所が宅配の仕事は過酷なのか職員の入れ替わりが頻繁です。
慢性的な人不足なのか?暫くの間見知らぬ顔の人ばかりが
来ていました。
つい先日の事、配達を指定しなかったので不在の時に来ました。
掲載の電話番号に連絡しましたが、全く通信出来ません。


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土曜・日曜になり益々連絡が難しく困りました。
パソコンには既に配送したと連絡して来ています。
発売元はスパコンで商品と顧客の管理を確実に行っています。
それが消費者の待つ末端の所で混乱しているのです。
10月10日発送していて、まだ届いていません。

何時かは届くだろうと考えますが、今回の商品は食品なので
一寸遅れると困ります。
私の予定として写真教室の撮影会とか歩くイベントとか
不在の理由は様々です。
タイミングが悪くて不在の時の宅配は一番困ります。


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宅配の人が残した電話が通じない事が一つの引き金となり
ズルズルと配達が遅れて行く様に感じます。
特に慣れない土地へ来たドライバーは困ると思いますが
やはり一刻も早く地理と顧客の位置を記憶する事かも
知れません。

最近は空き家なのかどうか?と言う事も余り判らない状態です。
多分宅配の人も不在が多いので困っていると言う事でしょう。
10年一昔とも言いますが世の中の情勢も変化をして来ました。
そう言えば10年前はそれ程宅配便の利用や配達も無く静かでした。
情報化時代となり、若い人たちがネットを利用し何でも買います。

その影響も有り宅配の人は多忙になるとも聞いています。
そして慣れない不特定多数の顧客の対応に疲れ果て直ぐに弱音を
出して簡単に退社してしまうとのことです。
中年の宅配の人達はそうした若者の後始末を何人かで分け合い
何とか営業を堅持しているとの事です。



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宅急便の大手の会社では、本社の他に会社以外の人に
業務を委託している場合も有るとの事です。
これまでに大手の会社で自営業が衰退して収入の道が途絶えた
人達が心機一転宅配の委託をしていた人の話も聞いています。
高齢になってからの委託業は体力的に困難でしかも電子機器を
使わなくてはなりません。

パソコンも触ったことが無い人には無理な話ですが、手書きの
時代は終わっていました。
今は電子機器も触れる人でないと、宅配業者として働けません。
その点、若い人はメカに強く何の抵抗も無く電子機器を
使いこなします。

不在表に必要事項を書き込みポストへ投函して行きますが、その
後連絡が取れなくなる事には困惑します。
情報化時代となり何かと便利では有りますが、一番簡単な
電話連絡が出来なかった事に、とても不便さを感じました。


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何時も薄手の生地の会社の制服で飛び回る宅配の人達。
暑さでぐったりする夏も大汗を掻きながら街中を飛び回ります。
暮らしを立てる収入を得る為には已むを得ないかも知れません。
私が依頼した商品は代金は「着払い」なので、必ず来なくては
ならないです。

何時も着払いにしている理由として、クレジット払いは
何か起きた時の事を思うと、現金払いが一番良いと
考え商品と交換で代金を払っています。
料金を回収しなくてはならない為、必ず届けに来ます。
お金の合計が合わなくてもいけませんし、考えれば責任が
重い仕事です。

配達日が指定出来なかったのは、単に私の個人的な理由ですが
今後は必ず配達日を指定・時間帯も指定しようと思います。
僅かな電話連絡の行き違いで販売元の発送日から7日間も遅れ
待ち時間が長すぎます。
人気商品なので発売と同時に宅配業者も超多忙になるのかも
知れません。



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惨禍は続いて〜(>_<)

 先回のブログ書き込みから随分経過したように感じます。
この間息子の住まいの周辺は「ハリケーン」の被害から
逃れて彼が無事で有る事が判りホット安心をしました。
でも、でもです。
米国本土は広大な土地で隣国とも地続きです。



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ハリケーンのニュースが放映されなくなった頃、依然被災者は
苦しい生活を余儀なくされているのですが、忘れられた感じです。
隣国メキシコでは巨大地震が発生して家屋・高層ビルまでもが
崩れ落ちる様子が伝えられました。
マグニチュード8.1とも言われ驚きです。

この巨大地震、8.1が有ってからまた地震発生です。
30年前にもこの地帯では10000人が犠牲となる大地震が有りその
避難訓練の最中に又地震の発生です。
改めてメキシコは危険地帯と認識するに至りました。
それで長男はどうしているのかなぁ〜?と思いました。

ハリケーンでは心配して連絡を取りましたが、今回の地震は
かなり場所的に離れて居ますのでニュース見ているだけでした。
然し次男は電話をして居たらしいのですが、繋がらず。
止むを得ずメール送信をして確認をしていたようです。
地球規模で起きる最近の自然の異変、起きれば猛威を振るいます。



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長期滞在で現在は**サス在住の長男。
毎日**シコの勤務地へ出掛けて居ますが住居は
ボーダーの近くらしい事しか私は知りません。
遠くでの勤務は何か起きると心配になります。
日本人は元々地震国で育っている為地震については多少の
知識は持ち合わせて居ます。

米国中央の地帯の人達は地震で地面が揺れる事を理解出来ず
地震が発生すれば「東北・大災害級」の事を思うらしいのです。
狭い国日本、あの東北・大震災の後仕事で米国を訪れた時
「お前の家は崩壊したと思っていた!!」と言われ
長男は「きょとん」としたと、当時の事を話します。

それ程地震に対する認識が違う事も良く判りました。
9月に入りメキシコの地震は立て続けに「3度」も起きて
危険地帯に有る事を示しています。
地震に関しては「地球温暖化」とは関係あるのか?ないのか?
それも素人の私には判りません。

テキサスのハリケーンでは総額20兆円とも言われる被害額。
メキシコの巨大地震の損害は如何程になるのか?
まだ判りません。
何れにしても支援の物資や人的な支援も必要となります。
日本の民間企業のメキシコへの進出が盛んすが他国での
企業の運営はある意味厳しさも伴います。



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この大地震で失ったものは莫大でしょうが、果たして
取り戻す事が出来るのか?気掛かりです。
細かな事を言いますが、あちらではパートの人達の賃金が
信じ難いものが有ります。
時間給「1弗」程度。
一日働いて「8弗」ですが、これで生計を立てるのです。

長男からは簡単に、これ位の情報しか得て居ませんが
日本人の時間給が向こうでは「一日」の働き分なのです。
如何に日本の人件費が高いか、良く判る所です。
ですから、あちらへ企業が進出したくなるのでしょう!!

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何れにしても、仕事する場所が何処の国で有ろうと自分が
生きて暮らしを護れる事が大切でしょう。
早く大地震の被害が収束出来る事を祈るばかりです。
こんな事を書き込んでいても、他所事では有りません。
東海地方も総和19年・20年に発生した大地震から既に
70年以上が経過しています。

聞いた話では有りますが当時のマグniチュードは「6」以上
有ったとも聞いています。
東北の大震災は・・・初めて聞マグニチュード「9」。
この時東海地方にもかなりの揺れを感じて居ます。
それ以前に「阪神淡路大震災」の時も揺れました。
同じく朝自宅で震度「3」、岐阜県では震度「4」の揺れ方。

日本列島は大きな地震発生で各地方に揺れが出てきます。
細長い地形の日本、常に地震の恐怖に晒されています。
この土地に生まれた宿命みたいな事を感じないでも有りません。
では、今回のメキシコの大地震は予測はされて避難訓練もしていた
その矢先でした。
惨禍に見舞われた人達はこの先どんな暮らしをして行くのでしょう。

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どんな過酷な運命に出会っても、これまでは人々は何とか
知恵を出し合い、忍耐と努力で対峙してきました。
メキシコの人達もきっと、忍耐と努力で立ち上がる事が出来ると
信じて居ます。
単に私の息子だけが大地震とは余り関係ない所で居て無事を
次男が確認しましたので、一先ず安心でした。

自分の息子さえ無事であれば後は、何とでもなれ と言う
気持ちでは有りません。
何か私で支援出来る事が有れば、喜んで支援をしたいと
考えて居ます。
私は有る団体には定期的に僅かですが支援金を拠出していますから。




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ハリケーン ハービー〜(>_<)

 二日ばかり前から米国・テキサス州のハリケーンの
被害について報道機関は一斉に被害が甚大で有る事を
伝えて居ました。
ハリケーンは現地時間25日に発生と伝えて居ました。
遠く離れた米国での出来事ですが私に取っては大いに
耳の痛いまた心配な情報では有りました。



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一年に最大2回ほどしか帰国しない息子。
7月に夏の休暇を取り帰国していましたが既に勤務地に
戻っています。
米国に暫く勤務していて、ハリケーンが起きる事は聞いています。
今回のハリケーンは息子が住むテキサスで発生している為
とても心配しました。


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国土が広く災害も発生すれば大がかりとなってしまいます。
ニュースで見る限り人々が大水に晒されて困惑する様子が
痛々しく映しだされて居ます。
私は息子が住む所がどの辺りになるのか皆目判りません。
それでも「被害甚大」と聞いては、気が揉めました。

真夜中思い立って彼の携帯電話に電話してみました。
オペレーターから「現在この番号は使われていません」と
告げられ、どうしたものかと戸惑いました。
7月に帰国して食事を共にした際、家族での写真を撮っていた事
思い出しました。

それで、メールに返信の形でメール送信をしてみました。
携帯電話であれば直接声も聞けますがメールでは直接の
応答は有りません。
唯「大丈夫か?」と言う事を尋ねたかっただけです。
それでもメールの最後に「近況を報告して」と書き添えました。



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8月30日 朝目が覚めて早速パソコン起動しました。
若しかして、何か返事が来ているかもしれないと思って居ました。
返信メール来ていました。
息子も現地での情報を聞きながらの生活だった様で、当初は
住居の地域が「直撃」と予測されたそうですが、時間にして
約90分ほどの地域が「直撃」だったそうです。

何処が直撃でも、嬉しい事では有りませんが一先ず息子が
無事で有る事が確認出来ました。
それで私は安心して、どっと気が緩んでしまいました。
幾つになっても息子は私の子供です。
唯でさえ「遠く離れている」だけの事でもストレスが
掛かります。



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通常であれば、私から息子へ電話をするような事は有りません。
休暇で「++日に帰国する」と言う電話が掛かる位で後は梨の礫。
今回の様に頻繁に災害について報道されれば、親としては
心配になります。
トランプ大統領も被災地を視察に行きました。
ハリケーン ハービーが齎した災害はとても大きいです。

ハリケーン ハービーは既に熱帯低気圧に変化していると聞いています。
観測史上最大と言われる積算降水量を記録し、尚これからも
大雨の気配が有ると言います。
これまでの雨量 1300ミリ以上と言われていますが想像を絶する
雨量と思いました。 

テキサスへ移転する前にはミシシッピー河の流域に有る街に
住んでいました。
その時もミシシッピーの河口で氾濫し住宅地が冠水した事が
有りました。
その時もニュースにはなりましたが、今回のテキサスの様な
情報の発信は有りませんでした。

今は世界何処でもテロが発生したり物騒な時代です。
米国勤務の辞令が出た時、紛争地ではないから比較的
安心なしていました。
日本に比べれば色々社会の習慣も異なり
かなりの規制が有る様に思います。
現実自分の勤務する企業への毎日の出勤も今は自分で乗用車の
運転は「禁止」されているようです。

それは国境を越えて他の国へ行くからですが、自動車産業に
携わる者として何か不思議な感じがして来ます。
毎朝ドライバーが自宅へ迎えに来て、そのドライバーの
運転で出社するわけです。
勿論テキサスに居る休日は自分で運転して買い物に出掛けます。
他国で働くことは中々困難が伴います。



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何れにしても夏の休暇から戻ってまだ一ヵ月ほど。
クリスマス休暇まで一寸時間が長いです。
私は米国本土へは一度も出掛けた事は有りませんが、関心は
有ります。
何時か米国本土に出掛ける事が出来れば幸いです。

追伸
8月31日の報道によればハリケーン ハービーの被害額は
総額 8兆3000億円と 伝えられています。
これがどれ程の高額さなのか?私には想像も尽きません。
世界各国で大雨や大洪水が発生しています。
何としても地球温暖化の阻止に向かうべきと考えますが
米国大統領の本心は何処に?
考え方を改めて貰いたいと思いますが如何でしょうか?



追伸 2

9月1日 報道に依ればハリケーン ハービーの被害総額は
13兆円と 再度発表されました。
依然として冠水した住宅や避難をする人々の姿が映し出され
ハリケーン被害の甚大さを改めて知ることになりました。
全てを失った人達の多さに驚きます。

追伸 3
9月9日
某Tv番組で ハリケーン ハービーの総額被害額が
遂に20兆円超え とも言われ出しました。
恐ろしい総額です。


 

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家電製品の寿命〜(^^♪

 かれこれ8日程前の事になります。
夕食時に総菜を温めたいと思い電子レンジを使おうと思いました。
機器の中に温め物を入れて、スイッチを押しました。
通常であれば、直ぐに動き出し所定の時間で温まります。
それが、スタートボタンを押しても何も反応が有りません。
えっ!どうしたのかな??と思いながら再度ボタンを
押しましたが全く反応なし。




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そこで初めて気が付きました。
機器の製造年月日を見ましたら、2005年製造となっています。
今は2017年です、2005年に購入しては居ないと思いますが
考えてみれば10年は使用した事になります。
専門的な使い方はしていません。
簡単な温めやグラタンを作る程度です。




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昔から電化製品は殆どが5年を目途に買い替えをするような
作り方になっているとか。
それで故障すれば以前は修理をして再度使いましたが
最近では修理費の高騰から新しく購入した方が効果的と言います。
人件費が馬鹿にならない点と技術料がこれまた高いのです。
殆どが使い捨て状態、これが最近の傾向の様です。




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電化製品は時によっては機械の好調・不調と分かれます。
冷蔵庫が何度修理しても不具合な時が有りました。
何度も同じメーカーの技術者が自宅へ来て修理しました。
それでも不調は解消できず頭を抱えて居ましたが有る時彼は
大きな決断をしました。
購入して2年ほど経過していましたが、今後も不調は続くと判断し
「新品製品」と交換する様に上層部に掛け合ってくれました。

直ぐに新品が届けられました。
それ以来自宅の冷蔵庫は一度も故障をしていません。
次に買い替えるときも「自社の製品を〜」と言う気持ちも
十分うかがえました。
この冷蔵庫も随分年月が経過しています。
何時買い替えの時期が来るのか分かりませんが、覚悟が要ります。

以前は同じ町内にかなり大手の家電販売店があり大変便利でした。
そこの店で色々買いましたが残念な事に負債を抱えて何処かへ
移転してしまいました。
その店が無くなって一寸困りましたが、最近は大型家電販売店で
購入する事にも慣れて来ました。
その家電販売店ではポイントが貯まるカードが有りそれ程の
鴨野はしてないつもりでもポイントが貯まります。



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話は戻りますが、電子レンジは殆ど僅かな時間ですが毎日
使います。
それで急いで品定めをしたいと思い出掛けました。
最新式の立派なものは要りません。
格安でしかも一流メーカーの物が良いと考えました。
何処までもケチる訳では有りませんが、見栄で高価な品を買っても
使いこなす力が私には有りません。
お値打ち商品で良いと思いました。

幸い夏の在庫一掃セールの真っ最中でした。
ひと昔前の旧型の物までセール中ですが、それは買いたくなく
或る程度の型落ちを探して故障した電子レンジと同じメーカーを
希望しました。
故障したレンジは10年は使いました。
店員さんの話によれば「超・長寿の口に入る」と言いました。
機械ものは何時かは壊れます。

電子レンジもその時が来たのでしょう。
使っても、使わなくても多分経年劣化は起きるでしょう。
今回も充分使いたいと思っています。
その店はカメラ・お酒・衣料品とほとんどの日常生活に
必要な品を揃えています。
見回せば何でも揃ってしまいます。
それでも隣のビルは大手デパートですが競争に打ち勝とうと
必死です。

私達消費者もこうした競争の激しい社会で、最も自分に有利な
店は何処なのか?無意識の内に計算しています。
考えれば次に悪くなるのは何かなぁ〜?と考えてしまいます。
お陰で新しい電子レンジは快適に動いてくれています。
暫くは安心して使えます。
便利な時代になりました。



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超 怖かった!!〜(~_~;)

8月1日私はグループの人達と伊吹山へ行きました。
曇天ながら名古屋駅を出発、市内を北西に横切り一路名神高速道路へ
向かいました。
大型のJR東海バスは満員の乗客を乗せ快適に走ります。
夏季 一日一往復だけの伊吹山直行バスです。
往復3100円、考えてみればお値打ちな料金です。
安全安心のバスの旅自分でハンドル握れば疲労も図り知れません。




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後僅かな場所までバスで来て、それからは徒歩で
頂上を目指しました。
なだらかに見える歩道も40分の行程は歩き出が有ります。
果たして40分の時間で登り切れるのか?聊か心配でした。
それでも高山植物の撮影に来たわけですから撮影はしたいです。

何も持たずに頂上を目指す人たちは足取りも極めて軽いです。
花を探しながら立ち止まり立ち止まりの行程は結構な
時間が掛かります。
途中咲いているだろうと予想して来た花が咲いてい居なかったり、
タイミングの問題も有ったようです。

パンフレットの鮮やかな写真通りには行きません。
催行に良い時の写真鹿パンフレットには掲載していません。
友達ともそんなことを話しながら花達の模様を観察します。
当然高山植物には疎い私です。
近くで立派なカメラで撮影していた知らない人に花の
名前を尋ねて居ました。

それでも見知らぬ人は私たちにとても親切に名前を
教えて下さいました。
年に何回も来ているらしいその人は、つい先日
見かけた花が既に終わっている事に残念がっていました。
そんな話ぶりから一年に一度の伊吹山では無理かとも
感じました。



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平地は普通の天気でもいざ、山へ来てみると急にガスが
立ち込めその中を歩く事になりました。
それでも道すがら伊吹山の花を見つけて撮影に取り組みました。
先回来た時は「河原撫子」は見る事が出来ませんでした。
今回は撮影も出来嬉しい気分でした。
優しい薄色のピンク、癒されますね〜。

僅か40分と記されていた標識でしたが流石に上り道。
心臓がバクバクすると言っていた知り合いも有りました。
山頂目指して必死にシャッター切りますが思う様に行きません。
花畑らしい所へ来ましたが、全体がガスってしまい全体の景色は
撮る意欲は湧きません。

少し時間をかけ、ガスが散るのを待ちましたが頂上での集合時間が
決められています。
それで諦めてしまいました。
山の天気は下界では想像が出来ない変化です。
良く晴れた日は何時頃なのか?それも予測不可能です。
運とタイミング次第ですね〜。




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案の定頂上はガスっていて、見える筈の琵琶湖は全く見えず。
折角だったに!!と感じましたがこれも「運とタイミング」。
仕方なく昼食を取り、急ぎ山を下ることになりました。
往きはそれ程でもなかったのですが、帰路は想像以上の足場の
悪い道で急な岩場が何ゕ所も有りました。
悪銭苦闘の結果、何とか駐車場のバス付近まで辿り着きました。

無事復路のバスに乗り込み予定時間通り順調に名古屋まで帰りました。
解散宣言後、私は一寸した買い物が有り近くのデパートに
立ち寄り僅かですが手荷物を持ち、帰ろうと地下鉄駅へ急ぎます。
地下へ下るエスカレーターで事件は起きました。
地下鉄のエスカレーターはとても長いです。


ベルトを掴んでいたお陰で私は体を擦っただけで少しだけ
よろめきました。

その事件とは
私が下りエスカレーターに乗った直ぐ後から乗った人が何も
知らずに乗る私の背後でキャリーバッグ手放しました。
それは一瞬の出来事でしたが私の左腿を擦って長いエスカレーターを
コロコロと落ちて行くでは有りませんか!!
左手に手荷物を持っていた私は、右側のエスカレーターのベルトを
つかんでいました。

が、一番下に降りるまでの時間が長かった事。
既にキャリーバッグは下に落ちていました。
私の前には誰もエスカレーターに乗って居なかったので良かったです。



ベルトを掴んでいたお陰で私は体を擦っただけで少しだけ
よろめきましたが、一番下に降りるまでの時間が長かった事。
既にキャリーバッグは下に落ちていました。
その女性のキャリーは3泊は出来そうな大きな物で重量が
随分ついていたように感じました。

体を擦った程度で済んだので「良かった」と言えばその通りです。
キャリーが落ちた原因は私の背後の女性がハンドルから
手を離したのが大きな原因でした。
思えば本当に怖い話で、私はその時から動悸がし出して身震いしていました。
落ちたキャリーの持ち主は、20歳代でしょうか?
一言
ご免なさい と良いって軽く会釈をしただけでした。

左の腿を擦っただけで済んだ私は一瞬の出来事を思い出して
ワナワナと震えがしていました。
こんな危険な事が有るとは予想だにしません。
大方の人は下りエスカレーターは無防備に乗って居るだけです。
若し満員であったら?どうなりますかね〜〜?
怖いお話です。

その夜夕食後、色々思い出して本当に怖かった出来事を
思い出していました。
何も無かったから良かったですが、その夜は誰とも話せず
過ぎて行きました。
伊吹山での帰途の悪路なんて、思えば何でもない事でしょう。
エスカレーターでの出来事の方が私に取っては恐怖の
出来事でした。

矢張りキャリーバッグは一瞬の「手放し」も許されません。
ましてや下りエスカレーターでは。
何処の誰ともわからない女性。
「ごめんなさい」の一言でさっと消えた人。
今彼女はエスカレーターのあわや「大事故」と思われる
自分の不注意を反省しているのか?尋ねてみたい気がします。





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木曽・御岳へ〜♪

ブログ更新したいと思いながらつい感けていました。
木曽御岳方面へ出掛けて無事帰ってもう10日にもなります。
名古屋市内Tv塔北側の観光バス駐車場から専用バスで
出発しました。
前日まで酷い大雨で「警報」まで出た夜でした。
明日の出発は「どうなるのかなぁ〜?」と心配しました。
催行なのか?中止なのか?判らぬままでしたが、運よく
出発の日は雨も止み天候にはめぐまれました。




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t当初は「御岳休暇村」に宿泊予定でしたが、6月に発生した
長野県下の震度5の地震の影響を受けて御岳休暇村は急に
「閉鎖」となっていました。
名古屋市民は低額の料金で利用できる宿泊施設です。
地震の影響がなかったホテルを紹介してもらい、そこへ宿泊する
事になりました。

地震の発生やら、予期しない天候の異変に今年は泣かされて
居ますが自然が相手では,成す術が有りません。
名古屋を離れ高速道路で一路木曽へ向かいます。
途中休憩を挟み周りの景色を見れば、次第に緑や木々が
濃い緑になってきています。

どんな近場でも気の合う何人かの知り合いと出掛けるのは
結構気持ちが弾むものです。
専用バスには専属の観光ガイドは乗車していません。
このイベントを企画したお世話役の方が、手分けをして色々
グループのお世話をして下さいます。



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何年か前からグループで中山道を歩くイベントに参加をして
木曽方面へはJRの中央線で来ていました。
専用バスで来たのは初めての事でしたので、列車で来た時の
方角や自分の位置情報が分かりにくい状態でした。
見慣れた場所に来ると、思い出す所が多く有り懐かしく思いました。

今回出掛けた人たちの中で、中山道を一緒に歩いた人は
数える程しかいません。
歩き慣れた人は少々の山道でも大丈夫な靴を履いています。
慣れない人は普通の運動靴です。
山道を歩くとき「滑ってしまって!」と困っていました。




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この日のメインは「御岳の新滝」を見学する事でした。
御嶽山の3合目辺りに相当する新滝までには、かなり急な道を
歩いて登らなくてはなりません。
何時も御岳山を遠くからしか見ていないので、繋がる所の
新滝は大変関心が有りました。

御嶽山は人々の厚い信仰が有り、坂道を滝に向かう途中も
何か霊験新かな気持ちになっている自分を感じました。
この新滝も「信仰」の対象です。
こうして古くから御岳山を崇めて暮らしてきた人々の暮らしが
身近な事に思われました。

最近の事でしたが御岳山が「爆発」しました。
これまでに無い山の大事故となってしまいましたが、これも
自然の営みの一瞬でした。
犠牲になられた方々のご冥福を祈りました。
現在は御嶽山の頂上近くまで登ることが出来るそうです。

今回は御嶽山の「全容」が見られると思っ居ましたが
見られませんでした。
でも「新滝」を滝つぼの近くで見学できたので、私は
満足しています。
新滝からの豊かな水量は人々の生活を潤します。




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自然豊かな場所にいると、日常の暮らしがこせこせとして
気持ちに余裕がない事を実感します。
時には都会の喧騒から逃れてこうした場所へ来るのも
心身の為に良い方法かと思いましtた。
そういえば、中山道を歩いていた頃は、宿場から宿場へ
歩いてばかりでしたので、町の中の観察も良く出来ました。

名古屋からは一寸距離が有りますがJRを利用すれば
気軽に行けそうです。
又季節が変われば出掛けてみたい所も出てきました。
木曽路は私に取っては魅力を感じる所の一つです。
山の天候が変わり易い事も良く判りました、晴れから急に
靄がかかり、雨もポロポロ。



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新滝への登り口にある鳥居と社。
信仰のお山で有る事が判りますね〜。



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盛り上がった場所も・・・〜(ー_ー)!!

現在名古屋市内では「大相撲;名古屋場所」が開催中です。
開幕の前日、大相撲の安全と繁栄を祈願する神事「土俵祭り」が
行われました。
毎場所どこの場所でも行われる「神事」です。
比較的愛知県体育館には近い場所に住んでいる為土俵祭りには
出掛けます。 


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愛知県体育館内の見物客の席は予め決められていて
見物は全く自由には出来ません。
解放される席は限られていて、カメラ撮影も、報道機関が最優先。
力士達も袴姿に威儀を正しての出席です。
神事が始まるまで、主催者の方からあくまで「神事」であることの
説明が有りましあ。


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指定された自分の席からは力士たちは後ろ姿しか
見る事が出来ません。
名古屋場所の安全と繁栄を祈っての神事で、会場も
神職の厳かな祝詞や決められた神事の所作を見て
咳払い一つなぐ厳粛な雰囲気の中滞りなく済みました。

力士達・相撲関係者・報道関係の諸機関の責任者らしき
人達が土俵の周りで参加した模様です。
力士たちは横綱を中心にして並ぶ事が慣例の様です。
新大関となった「高安関」は端っこに着席していました。
色んな決まりごとが有るのですね〜。
見学に行かなければ、何も判りません。

新横綱・稀勢の里関は、背後からの撮影しか出来ず残念。
でも、場所に期待を掛ける名古屋っ子達は力士が入場する
瞬間は盛大な拍手で出迎えました。
新横綱;新大関とも期待が大きく、一際拍手が盛大でした。
嫌が上にも名古屋場所の雰囲気が盛り上がります。

少なからず不安な気持ちを持っていた新横綱への思い。
新横綱としてのプレッシャーはきっと大きかっただろうと
思います。
フアンの期待に応えるため、責任感の強い稀勢の里関は
「出場」を決めて居ました。



神事が済み最後はふれ太鼓が土俵の周りを三度廻ります。
↓↓↓
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名古屋場所は序盤から波乱が生じ、いきなり新横綱が敗戦。
不安を抱えながらの稀勢の里関、私の少なからぬ不安が
現実の事となりました。
苦心の挙句10年ぶりの日本出身の横綱誕生も暗雲が覆い掛かり
気持ちが晴れません。
大方の名古屋人は同じような気持ちかと思います。

新横綱「休場」を知ったのは岐阜県;御岳休暇村をバスで移動中でした。
今度は足首の怪我と聞きました。
悪い個所を早く治療して又土俵に戻れるように祈ります。
日本出身の力士には日本人としての確固たる「相撲の流儀」が
有り、一糸乱れぬ美しさを極めた土俵入りは見事です。



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犬山市・昼鵜飼〜(^^♪

 梅雨の最中ですが犬山市の木曽川の昼鵜飼に出掛けました。
出掛ける日が近くなってから、毎日当日の天気の事が気に掛かり
お天気の番組は食い入るように見て居ました。
梅雨入り当座は毎日好天が続いていましたが、6月25日以降は
梅雨空が広がりはっきりとしない空模様でした。
6月29日が鵜飼を予定していました。
梅雨時の鵜飼見物は気が揉めました。


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以前は夜の鵜飼を見物しましたが、暗闇の中での写真撮影は
艱難苦労でした。
暗闇で川の水の色も周囲の景色も判りません。
本来は夜の鵜飼が「良い」とされていましたが、昼の鵜飼も
見学してみれば中々魅力が有ります。

自宅からは地下鉄・名鉄電車を乗り継ぎ「犬山遊園」まで行けば
直ぐ近くの川べりから鵜飼の船に乗る事が出来ます。
昼の鵜飼が私達以外にも多くのフアンを集めている事が判りました。
待機上で呼び出し順に乗船しますが、その時に「お弁当」の種類も
夫々違い予約通りの手配をして貰える様です。

↓↓↓今回の鵜飼のお弁当豪華でした。

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今回のお弁当は、以前手配されたお弁当より随分豪華版でした。
「鮎の塩焼き」が一匹丸ごと入っていました。
時節柄ご飯は「酢飯」で良いお味でした。
揺れる船内で狭くて天井が低くて注意が必要です。
降りそうで降らず、昼鵜飼は曇天の中スケジュール通りです。
所が路線を間違えて12時になっても来ない人が3名。


何処から乗ったのか?と思いましたが犬山市とは方向が違う
所へ行ってしまっていました。
大の大人が三人も居て、路線を間違えるなんて一寸信じ難いです。
そんな事が有った昼鵜飼の見学でした
一緒の仲間の人達なので気掛かりでした。

遅れて辿り付いた三名は途中で船を岸辺に寄せて乗船できる様
取り計らって貰えました。
遅れて、お弁当を食べて居ましたが、きっとご本人達が一番
心細かったのでは?と感じました。
明るい景色を眺められ、また鵜の泳ぎっぷりもしっかりと見れ
訓練された鵜の姿も印象に残りました。


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今犬山の鵜飼では、女性の鵜匠さんが活躍中です。
今は子育て中とかで、昼間の時間に鵜飼について簡単な
説明をして話題を呼んでいます。
今年のシーズン初めの頃Tvで紹介されたり、最近も新聞の記事でも
紹介されています。
若くてとても綺麗な女性の鵜匠さん、話題性満点です。

私が出掛けた日も新聞社のカメラマンらしい人達やプロカメラマンと
見受けられる人が何人か居たように記憶しています。
プロカメラマンの目から見ても、きっと彼女の美しさは抜群なのでしょう。
鵜飼をしなくても、シーズン中にはお昼頃には彼女の鵜飼の話を
聞く事が出来ます。
彼女の姿をもう一度撮影したいと盛んに思いました。




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まさにアップに耐えられる顔の持ち主と思いました。
彼女が鵜匠として世に出るまでには、色んな苦労が有ったと
思われます。
これから子育てにも励み健康に気を付けて鵜飼を盛り上げて
欲しいと願わずにはおれません。



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知らない間に〜♪

 余り町内の人の動向には関心が無い私ですが
最近ふと気が付き見回してみれば何時の間にか「空き家」。
私自身現在の住居は交通の便利さがもとても良い所なので
至って住み易さを感じています。
一寸したお洒落な「楽器屋さん」が有りました。
家とは少し離れた所ですが、頻繁に何かの楽器を運んで来たり
また店主が荷物を送りだす所を見て居ました。
何時もウインドウにはギターやマラカスが飾ってありました。




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楽器屋さんと言っても町内の人が買いに行くわけではなく
どんな人達と取引をしているのか?全く判りません。
永い間空き地となっていた所に3階建てのコンクリート作りの
社屋が出来上がり楽器屋が営業開始しました。
土地の取得や建築費用を考えてみるとかなりの経費と
思いました。

個人の経営としては町内では珍しい楽器屋さんです。
父と娘とが経営に当たっていたようで毎朝高級車を娘さんが
運転して父と娘で出勤です。
黒塗りの某会社製の高級車で出勤です。
あの乗用車を見れば誰もが相当なお金持ちと思います。
私も「凄い乗用車だなぁ〜」と眺めていたものです。



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最近その楽器屋の元の玄関先に「売り店舗」と言う小さな
看板が掲げて有るのを見ました。
あぁ〜、そうだったのかぁ〜と世間の動向に疎い私は急な変化に
驚きました。
そういえば運搬用のトラックも来ないし、夕方になると「ざわざわ」と
していた事も無くなりひっそりとしていることに私は無知でした。

町内会の運営費として一般の家庭と企業の経営者とでは収める
料金が異なっていました。
一般の持ち家の人とアパ^−との人とでも多少の町費の違いは
有りました。
言わば「大口」の町費負担のお店でした。

売却の意思を示したものの、一向に買い手が見つからず
人気のない「空き家」となってしまいました。
楽器屋の仕事も順調な感じでしたが、内情は判りません。
どの様にしてこの土地を取得したのか?判りませんが
元々は「国有地」ではなかったのかなぁ〜?と。
郵政関係の仕事をしていた人の「官舎」が有った所だからです。

今国有地の売却で取得した人が色々問題を提起しています。
大昔の国有地がどんな経緯で民間に売却されたのか?それも
今となっては判りません。
知らない間に民間の土地となり社屋も建てられつい先日まで
稼働していました。
何時の間にか「空き家」です。



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楽器屋さんが居なくなりひっそり閑としていますが
果たして誰が買うのでしょうね〜。
きっと高い値段を付けて売り出しをしているのでは?と
感じないでも有りません。
空き家が出来ると用心が悪くて周りに住む私たちも不安な
面も出てきます。

一寸「姿見ない・・・」と思って知り合いに尋ねてみると
施設に入り「自宅には居ない」と教えられます。
こうして一人二人と何処かへ行ってしまうのですね〜。
不用心だし、早く楽器屋さんの空き家も人の気配がするように
なると良いと思います。




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幼児への教え〜(^_-)-☆

 今年も5月中に「真夏日」が時々有りました。
桜の季節に続いて風薫る、幼い子供達も戸外へ出てきます。
白い昆虫の捕獲用の「タモ」を持っています。
勿論お母さんや弟達と一緒です。
つい最近私は幼い男の子が昆虫取りに夢中になっている
所に出会いました。
長男・次男・お母さんとあとお母さんのお腹には直ぐに誕生しそうな
弟か妹が宿っていました。
長男は蝶々やバッタ取りに懸命です。
お母さんは子供達を満足させようと、大きなお腹をしていても
必死に蝶を追いかけて捕獲しました。



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私はアオスジアゲハがペアになろうとして飛び交って居る所も
見て居ました。
満足では有りませんが、その時のショットも撮れました。
後を追う様にして蝶々に移動に縋りましたが、高く舞い上がりました。
男の子は、どうしても、アオスジアゲハを捕獲したい様で必死な様子です。
お母さんはその様子を見て、駆け出しました。
お母さんも子供に見せたい一心で追いかけ、一匹だけ捕獲しました。


たもの中に捕獲されたアオスジアゲハはとても綺麗で男の子は
夢中になって眺めて居ました。
暫くこうして蝶々の姿を観察させていましたが、お母さんは言いました。
「この蝶々さんはね〜お嫁さんが来たばかりなので放してやろうね」と。
タモを持った子供が増えるから、蝶々や他の昆虫が居なくなると
思う事が多かった私はこの母親の言葉に感心しました。

実は捕獲したアオスジアゲハは虫かごに入れてしまうのかなぁ〜、と
考えていた私でした。
若し虫篭に入れたら・・・。
何か私の意見を言っていたかも知れませんが、前述の言葉を聞いて
何も言わなくて「良かった」と思いました。


僅かな時間でしたが、一緒にアオスジアゲハの事を母親と男の子と
観察して楽しいひと時でした。
「お嫁さんが来たばかり・・・」と言う判りやすい言葉で子供を納得
させた母親は最近見かける若い母親の姿とは違いました。
世の中こうした気持ちで子供を教育出来る母親ばかりとは
限りませんが素直な良いお母さんに出会えて嬉しかったです。

上の画像をご覧頂ければ判りますが、まだ初夏なのに一匹は
翅が既に一部欠けています。
冬を越した蝶なのか?その実態は私には判りません。
暑い夏を越す前に、翅が欠けているとは一寸可哀そうです。
中々この蝶には会えませんが、この日は偶然カメラに収める
事が出来てラッキーでした。

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梅雨入り前、束の間の快晴の日はカメラ持って緑地公園へ
出掛けたくなります。
自宅からは近い緑地公園へは「距離」は無いのですが
公共交通が不便でバスは時間が不規則なので敬遠します。
地下鉄の駅から、一寸遠回りですが「地下鉄」利用が多いです。

運よく日本では初夏に咲く「泰山木」が白い大きな香りのよい
花を咲かせています。
この泰山木は北米アメリカ原産・木蓮科の常緑高木で約10M
にもなります。
緑地公園にはこの木が配置良く植えられています。



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緑地公園にはまだまだこの先色んな花が咲き出します。
暑い日も有りますが私はこの公園の四季が楽しみで何時も
期待を持ちながら散策を兼ねて出掛けようと思っています。
紫陽花の最盛期を迎えようとしています。

一度は捕獲した、アオスジアゲハを自然界へ戻したお母さん。
何とも心を癒される行動と幼子に言い聞かせた言葉。
最近には滅多に出会えない「ほっこり」した気持ちの一瞬。
世の中捨てたものじゃない事も良く判りました。
あの子たちは、きっと「良い子に育つ」と感じましでした。

因みに男の子の虫篭には、小型の蜂二匹とバッタらしい
昆虫が入っていました。
野原や公園の自然を眺め乍ら「自然界」を学ぶ幼い子。
少子高齢化の時代となって久しいですが、次に生まれる子を
お腹で育てるお母さん。
こんなお母さんが増え続ければ、出生率の減少や少子化をも
食い止める事が出来そうです。



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