おいりゃぁすわせ〜〜

変なタイトルですが、標準語で言えば「お出で遊ばしませ〜〜」でしょうか。 from 19-September-2005

August 2007

怒り!!2

先日名古屋市内で発生した若い女性の殺害事件についてですが
一寸時期的に書き込みが遅れましたが、やはり書き込みます。
帰宅途中の女性が拉致、その後殺害されてしまいました。
私が驚いたのは、殺害された女性と、犯行に及んだ男達との
接点が何も無いのに殺害された事です。

幼くして父親を失い、母親との二人暮らしでした。
ある日、何の前触れも無く我が子にこんな魔の手が及ぶような事を
誰が予想出来たでしょう。
宝物の様に育てた娘を殺害された母親は、この先、生きる希望も
何もかも無くなってしまいます。

犯行に及んだ男達は
「相手は誰でも良かった・・・」
「金が欲しかったので、有り金を取った・・・」と事も無げに
言っています。
金が欲しければ自分で汗して働けばよいのに、何故安易に人の
命を落とさせてまで、金を欲しがるのでしょう。
その辺の所が、今の若い人達の間違った欲望と考えたくなります。

金を奪う手段として全く面識の無い人から奪い、尚命まで奪う。
その短絡的な気持ちがどうしても理解できません。
こんな事が横行して、日本人の精神構造はどうなってしまったのかと
情けない気持ちがフツフツと湧き上がって来ます。
拉致された場所も「千種区」と云うだけで場所を特定して
報道していません。

ネットで知り合い、仲間となり凶行に及ぶ、この便利なネットが
こんな風に悪用されると、世の中全体の危うさを感じずには折れません。
最近若者の殺人事件が多いのは、私達年配者には想像できません。
こうした凶悪な犯罪者でも「弁護士」が就くと、罪は軽くなって
しまうのでしょうか〜。
これは何十年前からの教育の仕方に問題が有る様に思えて
なりません。

余りにも人命を軽視しており、決して許すことの出来ない問題です。


mikimiki








mikimiki














若い人達には↑の大木の様に、しっかりと地に根を張って
力強く歩んで頂きたいと,切に願っております。





燃えよドラゴンズ!!


今日は誕生日5

約一ヶ月ほど前に弟夫妻の計らいで私の誕生日の昼食会を
開いてくれました。
兄弟が有ればこそ、こうした昼食会も何人かで楽しめます。
今日は本当の生まれた日、8月30日です。
本当の誕生日にも、昼食を一緒に摂ろう、と、妹夫妻が
誘ってくれました。

名古屋駅で落ち合い、そこから少し離れた場所で昼食を
共にしました。
私とこの妹だけが同じ母親から生まれています。
後の弟達は、母親が亡くなった後、来てくれた育ての母親の
子供です。
異母兄弟と云う事になります。

一寸だけ、血は薄い弟達ですが、母親の躾が良かった事もあり
実の兄弟と変わりなく付き合っています。
次第に年齢が上がっていく中、兄弟が仲が良い事は
私にとっても、夫にとっても大変幸せな事です。

tannjoubitannjoubi







市内にはこの系列の店は何軒も有りますが
この店は始めて行きました。
くどくない料理は私達向きです。

tanjoubitanjoubi







食事の後は、ティータイム。
マリオットホテルへ移動しました。
マリオットホテルは市内でも顧客稼働率が一番良いホテルとも
聞いています。
お互い毎日が日曜日。
話は尽きません。
誕生日に妹夫妻と又会えて、楽しい事でした。

先祖に報告5

お盆には自宅の墓参りをしましたが、私の実家の墓参りは
済んでいませんでした。
自宅からは乗用車で僅か7〜8分の近場にあります。
自分の誕生日が近くなったので、夫と共に
無事な生活を報告してきました。

夫は事の他私の先祖の墓参りについては気に掛けています。
一番近くに住んでいて、先祖と疎遠になるのは
良くないと主張します。

先祖が眠るお寺は、昔子供のころは良く境内で遊んだ場所です。
時代と共に周辺の環境は変化していきましたが
古くからの家も何軒かは昔のままです。

teratera







住職も代が変り、お寺の億里さまも、知らない人に
変っています。

tera立派なお寺です。
お盆に行けば誰かに合えたかも
知れません。

墓には毎日参詣に行くのが昔からの
習慣でした。
近くの人ばかりがこの寺に
墓を作っているからです。

tera古い寺なので祖父の話では
昔は檀家となっている家の男子が
屋根の葺き替えの時には勤労奉仕で
働いたと聞いています。

勿論、祖父もそうした修繕事業には
携わっていたのでしょう。
屋根には沢山の寺の「蛇」が居て
それを、殺生せずに運び出す事を
していたらしく、誰もが苦手な
作業で有ったようです。

平成12年に屋根の修復工事が終り
昔の本堂の鬼瓦が、地面に降ろされ
参詣者を出迎えます。

優に100年以上持った鬼瓦、一口に100年と言っても
100年は長いです。
先祖と言っても、実際知っている人は
祖父母が一番古い先祖です。
それ以前の先祖は全く判りません。





燃えよドラゴンズ!!


にっぽんど真ん中祭り・45

長い事、どまつりで皆さんを引っ張りましたが
これでおしまいです


と、言いますのもPICSの容量が残り少なくPICSにはあまり
アップロード出来ません。
何か対策を考えなくてはなりませんが、画像を消せば
過去のブログの画像も消えてしまいます。

それで最近はPICSから、画像をアップロードしないように
しています。
大した写真ではありませんが、2007年にっぽんど真ん中祭りの
盛況の模様を、私の目線で捉えて此処に載せておけば
思い出に繋がります。

生き生きとした参加者の皆さんのお顔は、素晴らしかったです。

祭りの関係者の方に「ブログに写真載せたいですが、良いですか」と
尋ねました。
関係者の方は「皆、撮られる事を前提に踊っていますから
大丈夫です、載せてください・・・」と言って下さいました。

それで、笑顔のアップの写真など沢山載せました。
参加者の皆さん、沢山撮らせて頂き、有難うございました。


odoriodori






世代を超えての参加はとても微笑ましいですね。

odoriodori







この方達は、私達の希望の星。来年もお元気で踊りに来て下さい。
人の前で元気に踊れる事は、素晴らしい事です。
見ていて自分もこの方たちのようなパワーを蓄えたいと
感じました。
この猛暑の中、やはり時代を生き抜いた人の粘りは
凄いなぁ・・・と感じます。

odoriodori







躍動感に溢れる群舞。はじけるような動きが胸を打ちます。

odoriodori









odoriodori







皆さんお元気です。
とても穏やかでいいお顔で楽しんでいらっしゃいますね。


最後の若い人はこれから何度も出場して、技量を発揮する人です。
常に激しく踊る人を撮る事は、私にとっては大変難しい事でした。
でも、シャッター押せば何とかなるかも知れないと
楽観的に考えておりました。
これと、言う写真は中々撮れませんでしたが、どまつりは、楽しかったです


odoriodori








色んな年代の方が参加なさった「どまつり」
他府県からの出場者も多くなりました。
外国からの参加も増えてきました。
益々盛況になります事を願っております。






燃えよドラゴンズ!!









































にっぽんど真ん中祭り・35

今年は特に「男性」の踊り手が多くなっていました。
皆が参加して名古屋の夏の終りを飾るのに相応しい豪華さです。
参加者の笑顔が絶えないのは、やはり踊る事が楽しいからでしょう。

今日も又、どまつりのネタですが、暫くお付き合い下さいね。
説明は必要ないです。
写真だけ見て頂ければよろしいので、ご覧下さいませ。

では、今回は男性陣を中心にして・・・。


ikemenikemen







ikemenikemen







ikemenikemen







ikemenikemen







右のお父さん、落ち着いた男性の渋さが出ています・・・。↑

ikemenikemen







↑一番魅力的だったオバサマです。
このシャッターチャンスを逃す訳には行きません。


ikemenikemen







一度参加したら、やみつきに・・・。
今年も元気に踊ります。
沿道の声援を受けて、お父さん達は再び青春を味わっています。





燃えよドラゴンズ!!


にっぽんど真ん中祭り・25

今日も、にっぽんど真ん中祭りの書き込みです。
誰でもエントリー出来て、踊れる「どまつり」は年を追うごとに
盛大になって来ました。
各地の大学生達のパワフルな演技も見所があります。
青春切符18、それを買って、各駅停車で来る学生さん達の
エネルギーは流石に若さがはち切れんばかりです。

踊る人達の健康的な笑顔は素敵な力が伝わります。
そんな、笑顔を集めてみました。


egaoegao







egaoegao







egaoegao







egaoegao







egaoegao







egaoegao







皆文句なしの健康美の持ち主です。
激しい動きをする中、ふっと、見せる笑顔は見ていて感動してしまいます。
この日の為に、熱中して踊りに取り組み自分達で振り付けを考えたり・・・。
これは、本当に素晴らしい事だと思いました。


にっぽんど真ん中祭り

24〜26日まで「にっぽんど真ん中祭り」が開催されています。
24日は前夜祭でしたので、行きませんでした。
暑い中、街中を『鳴子の音』がカチャカチャと鳴り響きます。
名古屋の街の夏の最後を飾るのに相応しい、エネルギッシュで
華麗な数々の団体の踊りは正にパワーに溢れていました。

この祭りは、丁度9回目を迎えましたが、最初に企画したのは
若い大学生達でした。
商店街を廻り、街のイベントにしようと駆け回り苦労を
したと聞きました。
名古屋が日本列島の丁度『真ん中』に位置する事から
『にっぽんど真ん中祭り』と、命名されました。
老若男女を問わず、誰もが参加が出来る、楽しい祭りです。

名前を略して「どまつり」と呼んでいます。
年々参加の団体が増えてきました。
国内外からの参加団体は、今年は197チームとなり、見応えが
有ります。
名古屋市内だけでなく、他の22会場でも踊りが披露されています。
参加するチームの振り付け、衣装、選曲などは全て参加チームの
手造りです。

熱が入るのも、どまつりの踊りはコンテスト形式になっていて
各チームがその技量を競う機会でもあるのです。
北海道の札幌からの参加や、東京の大学生の参加も見かけました。
今や、名古屋だけの祭りではなく、押しも押されもしない
全国区の祭りに成長しました。
では、どまつりの様子をご紹介します。


domaturidomaturi







domaturidomaturi







若い女性がお洒落をして参加しています。
はじける若さです。

domaturidomaturi







domaturidomaturi







東京農業大学の学生さんたちです。

domaturidomaturi







domaturidomaturi







紫色の衣装を着た人達は、一寸年齢が上の方達です。
皆、健康な明るい笑顔が魅力的です。
男性の踊り手も、何の違和感も無く溶け込んでいます。
ここまで来るのに、一年間猛練習が有りました、辛い事もありました。
先導者の号令は絶対的です。
先導者の号令で、一糸乱れることなく踊ります。

素晴らしい事ですね。

鳴子を持つ事と、地元に関係する民謡などを使う事が
決め事の様です。




燃えよドラゴンズ!!


猫・集合3

夕方、周りが薄暗くなる頃戸外では急激に猫の鳴き声で
騒がしくなります。
場所取りをする為に争うのか、その暴れ方は普通では
有りません。
昼間は暑くて何処かに身を隠しているけれど
夕方にはお腹が空いて来ます。

nekoneko







この写真は先日ご紹介した時の猫です。↑
親が同じなのかわかりませんが
また違う猫らしいのが現れました。

 nekoneko









今回見かけた3匹の猫は先日の写真の猫と同じでは
無いような気がしています。
先日見た子猫2匹は、2匹とも左目がつぶれていました。
まぁ〜何匹の野良猫が我が家を中継して往来しているのでしょう。
思わずそんな事を感じました。

nekoneko







一寸
遠いので上手く撮れませんでしたが
こんなに物置などに並ばれては
困ってしまいます。

犬が吠えても、平気です。
大型犬を飼っている家にも
侵入して糞尿をするのだそうです。
何か良い撃退法は無いものでしょうか。
毎度野良猫の話で恐縮ですが、毎日子猫が成長していく
事が恐ろしくなって来ました。

昨年生まれた猫は、もうブロックの塀を爪を立てて
よじ登るまでに成長しています。
周りが大変迷惑をしている野良猫に、なまじっか
餌を与えたばかりに、次々増えて行きます。
自治会の議題にして貰う事も考えましたが
自治会の人が『猫が大好き』な人なので多分
お話にもならないでしょうね。



度々野良猫の登場で済みません。
酷暑の中余り外出も出来ず、身の回りの事をネタにしていますので
こんな事です。私が野良猫に本当に困っている事を判って頂きたい
気持ちでしつこく書き込んでしまいました。
何処からとも無く「スー、スー、ヒュー、ヒュー」と云う赤ちゃん猫の
息使いが聞こえてきます。私の空耳なら良いのですが、また本当に
生まれていたら大いにに困ってしまいます。








燃えよドラゴンズ!!


季節は巡る・・・5

6月の下旬頃に一斉に咲いていた夏の花、モナルダ。
もう、いつの間にか瑞々しい花の面影は有りません。
modarunamodaruna







modaruna毎年見慣れた花ですが
やはりこの花が咲き出すと「夏が来る」予感が
して来ます。
空き地に毎年咲きますから、独り生えかも
知れません。

まだこの花が咲く頃はそれ程
暑くて堪らないと言う暑さでは
有りません。
この色の他にも赤いモナルダが
咲きますが、個人的には
このピンクのモナルダが
私は好きですね。




karetahanakaretahana







気が付いたら、こんな風に枯れていました。
花の盛りは、とても綺麗ですが、精一杯咲いた後は
エネルギーを使い果たしこんな姿になっていました。
人の心を癒してくれる花には、また来年咲いて欲しいと
願いつつ、夏が終わりかけている事を感じました。

karetahana秋が確実にそこまで来ています。
もう暫くはこの形で居ますが
その内に影形も無くなり寒くなって
行きます。
こんな平凡な身の回りの変化を
自分の眼で眺めながら
「又、来年ね・・・」と
愛おしく思うのは私だけでは
無い筈です。

この花と来年出会う為には
元気で居なくてはなりません。

それにしても、季節に咲くモダルナは生き生きとして
大変魅力が有りました。




燃えよドラゴンズ!!


高校野球は終わりました・・・5

第89回全国高校野球選手権大会は昨日決勝戦を迎えました。
実の所、愛知代表の愛工大・名電高校が一回戦で敗退しましたので、
その時点で『私』の夏は終わりました。(気持ちの上では・・・)
所が日々繰り返される熱戦を見ないで済むはずも無く
結局は私の『夏』は決勝戦まで続きました・・・(爆笑)。

今年の」出場校で優勝候補と、自分で予想していた学校が
次々と消えて行きました。
昨日の決勝戦には広島の広陵高校と佐賀の佐賀北高校の対戦は
私の予想外でした。
そして試合内容は広陵高校が圧倒的に優勢に試合を進め
ほぼ勝利を掌中に収めたかの印象がしていました。
佐賀北高校は7回を終わってヒット1本、完全に押さえ込まれて
いました。
8回裏、ヒット2本、フォアボール1個で、一死満塁。
打者は2-3となり、次の1球がまさか「逆転に結び付く」とは
思っておりませんでした。

その球は「ストライク」と思う、凄い球でした。
主審は「ボール」を宣告、押し出の1点となりました。
次の打者が『満塁逆転ホームラン』を打つとは
誰が予想したでしょう。
あの押し出しの『1球』が、甲子園の魔物の正体で
有ったかも知れません。

甲子園には魔物が住む〜〜の、伝説は伝説ではなく
本当の事でした。
試合に勝って勝負に負けた広陵高校。
何がそうさせたのかと考えてみれば、広陵高校には常に
古豪・強豪と云う形容詞がついて廻ります。
しかし、佐賀北高校には、そうした形容詞は何も有りません。
唯、その違いだけだと思いました。
古豪・強豪と言われ続けるプレッシャーは
決勝戦では、魔物と化したのです。



sarusuberisarusuberi








自宅の百日紅です。
同じ様な写真ですが、一寸だけ違いがあります。

sarusuberisarusuberi






高校野球の画像は有りませんので
今咲いている百日紅を載せました。
一寸だけの違いは、判りますか〜?

高校野球も、一寸だけの違いでした・・・。
素晴らしい決勝戦を見せて貰い、感動しました。





燃えよドラゴンズ!!


珍しく・・・

今は高校生ですらバイトをしたり、自分で貯蓄をしては
立派なブランドバッグを持っています。
勿論同世代の奥様方は圧倒的にルイ ビトンと プラダです。
私はそれ程ブランドバッグに拘ってはいません。
有名無名関係なく、職人の手造りの物を買う事が好きでした。
先月次男一家と関東方面へ出掛けた折、御殿場のアウトレットへ
初めて行きました。

ルイ ビトンもプラダも有りません。
折角来たアウトレットなので、何か記念に買いたいと考え
写真の様にCOACHのバッグを買ってきました。
比較的安心して買える値段だったので、良かったと
思っています。
色合いと機能性が気に入りました。

財布や携帯、お化粧品、コンパクトカメラ等が
入ります。
ベルトも幅広なので、たすきがけにしても肩に食い込みません。



bagbag







ヒッタクリが横行する最近です。
肩にたすきがけが多少は「安全」と考えています。
もう少し涼しくなれば、一枚コートを羽織ります。
そうする事でヒッタクリからバッグを守る事が出来そうです。

bag日本の女性のブランド志向は
有名です。
ブランドの名前がバッグの見える所に
付いていないと、お気に召さないのが
日本女性なのだそうです。

ブランド品は買う事が難しいですね。







燃えよドラゴンズ!!








中華航空が・・・2

昨日市内へ買い物に行った先で中華航空、爆発炎上の
ニュースを見て大変驚きました。
と、言うのも、未だ名古屋国際空港時代の平成6年4月26日20時16分頃
台北発名古屋空港着の中華航空が到着寸前に、着陸に失敗し墜落しました。
多数の死者(264名)を出した事が思い出されるからです。
九死に一生を得て生き残れた人も数は少ないですが有りました。

地震か何かなぁ・・・?と思う大音響がしたと
3階の部屋に居た長男が、慌てふためいて駆け下りて来ました。
「おかあさん、物凄い音がしたよ!!」と言いました。
飛行場で異変が起きた事は、その後数分もしない内に
TVの放送で知りました。


国道19号線を走り回る救急車やパトカー。
俄然自宅の周辺は騒がしくなりました。
自宅は環状線のある場所から近い為、ここも救急車の走る道として
混雑しました。
事故発生の第一報を流したのは、地元の民放「東海TV]でした。
次第に大事故で有る事が判り報道も夜通しで行われ
明け方まで、ひっきりなしに通る救急車のサイレンの音は
物凄い事故であった事を照明しています。

hikoukihkouki







今回の爆発炎上事故は乗客、乗員は無事で有ったから良かったものの
危険とは常に背中合わせで有る事を感じさせます。
中華航空は名古屋国際空港意外でも2〜3度大きな事故を起しております。
私は心配でこの航空会社の飛行機には乗りたくありません。


夫の友人は戦前父親の仕事の関係で台北に住みそこで
小学校を卒業しています。奥さんは勿論日本人ですが
同じく台北に住んだ経験のある方です。
それで、懐かしさも手伝って台北へは度々出かけておられます。
航空機の会社については、至ってのんびり構えていらっしゃいます。
私達も再三お誘いを受けていますが
中華航空だけは一寸〜と思い未だに一緒に台北へ行く事が出来ません。
現在中部国際空港からは中国本土へ往来する中国の航空機は
沢山飛んでいますが今の所事故の話は全く聞きません。

中国の航空機と中華航空と、どの辺りが違うのでしょうね。

何処の航空機も無事な離発着と突発的な事故の無い事を願っています。

今日の写真は参考資料です、今回の事故とは関係有りませんが、
偶然ですが中華航空の尾翼が写っています。


☆☆写真はどちらも、あと少しで着陸する所です。☆☆






燃えよドラゴンズ!!


夜店5

猛暑の精もあり、暫く外出を控えていました。
今日は、昨日よりは少しは気温も低そうだったので、丸善書店まで
出かけました。
毎年この時期には、名古屋ではメインストリートの広小路通りで
『広小路祭り』が行われます。
この祭りの事については、戦前から有ったかどうか私には
判りません。
唯、広小路通りには「朝日神社」と云うお宮さんが有り、夫は
この神社へは良く参拝に来ていたと言っています。

昔は広小路通りには沢山の夜店が出ていたと言っていますが
最近ではこの「広小路祭り」の時位しか夜店は出ません。
昼頃に広小路通りを歩きましたが、まだ店は準備中でした。
それでも祭りの雰囲気は昼間から充分に有りました。

maturimaturi












何処か昔懐かしい風景ですね。

maturimaturi












子供達が眼を輝かせる、子供の世界がここにはあります。
皆が思い出す懐かしの「お面」が揃っています。

maturimaturi







時間が早くて、準備中のお店ばかりでしたが
懐かしい雰囲気を感じて帰宅しました。
お天気さえ良ければ、お店は大繁盛です。
一年に二日ほどしかこの場所では商売が出来ない人達、何処で
商売を成立させているのでしょう。




燃えよドラゴンズ!!


判る?5

「私、誰か判る??」と言って電話が掛かって来ました。
夫は受話器を持ってしばし「???」でした。
でも、直ぐに判った様で「登代子さん?、あ〜登代子さんお久し振り・・・」
満面の笑みです。
彼女とは同じ旅行で一緒になって以来、お付き合いが
続いています。

旅行が済んでから、私と登代子さんとの文通が始まりました。
書き出せばいろんな事が有り過ぎた旅行でしたが
その代わり思い出一杯の旅行となりました。
もう一昔も前の事ですが、相変わらず「会いたい、会いたい」と
彼女と私と夫は言っています。

彼女は既婚者ですが何時も一人旅。
お互い初めての長旅で一緒になり、親しくなったのです。
私の家にも泊まりに来ましたし、彼女の家にも泊まりました。
何時も、彼女は名前を言わずに突然
「私よ、判る?」ってな調子で電話を掛けてきます。

zannshozannsho







細かな事は気にしない、おおらかさが,旅行に行く度に
友達を増やしているようです。
元気そうに見えましたが、時間が経ってから聞いた話では
「膠原病」患者だったのです。
そして、難病を抱えながら、またがん細胞が育っていて・・・。
昨年久し振りに会える機会が有りそうでしたが、急遽癌の
摘出手術をして、会う機会を失いました。
色んな苦難を持ちながら、何時も登代子さんは前向きです。

zannshozannsho







闘病生活をしながら、登代子さんは
『元気な内に,行って来るわよ・・・』と、一人旅を
続けています。

色んな形の夫婦の姿が有りますが、ご主人の優しさと理解が
無ければ登代子さんの一人旅は実現不可能です。

zannshoさしずめ、彼女は大きな向日葵の
印象がする女性です。
何時か関東方面へ行く機会が有れば
また会いたいと思っています。

夫も登代子さんがそんなに難病で
苦しんでいる人には見えないと
その明るさに気持ちが動いています。

もう少し近くであれば、何時も会えるのに・・・。
埼玉までは、此処からは一寸遠過ぎます。
今度は、私が電話を掛けてみます。
夫は遠くのお友達から電話が有ると
途端に元気になっています。

二人の共通の友達として彼女とは多分元気で居る間は
交流が続く事でしょう。
「私、誰か判る?」の電話は、何時も楽しいお喋りタイムに
発展します。


向日葵は暑くても元気です。
雑草も元気です。
難病抱え込んでも、明るく元気な彼女に
肖りたいです。




燃えよドラゴンズ!!








増殖中・・・

この所の暑さで余り姿を見かけない野良猫達です。
私の家も随分この野良猫達に悩まされています。
飼い主が居ない事が一番よくない事ですが、では最初に
飼っていたのは、誰なんでしょう。
寒くなると温水器の上が彼らの居場所になります。
色々工夫を凝らしますが、どうも野良猫の知恵の方が
勝っている様な感じです。

nekoneko







洗濯物を干しに出ると、植木鉢を占領して平気な顔です。
植木鉢は体がスッポリと入り居心地が良いのでしょう。
でも、私は困ります。
こうやって、挿し木をして置いた、アナベルも踏み倒されて
遂に育ちませんでした。
猫の餌を与える家は、判っています。
そこには何匹も屯していますが、餌は圧倒的に足らない様です。


nekoneko







この猫達は、どれが親なのか全く判りません。
最近の近所からの情報では、二組のペアーが居るとの事です。
大抵は一年に3匹ずつ生まれています。
それが二組のペアーから子供が生まれるとしたら
直ぐに猫だらけになって行きます。
これまでに見かけない毛色の子猫が居ました。
よく見ると眼がよくないようです。
それに、酷く痩せています。

近所の人達は、迷惑をしていますが、餌をやる人に
面と向かって「餌やり、中止」を申し入れる人は居ません。
私も知っていて、見てみぬ振りをしています。
無責任な様ですが、人との摩擦を起したくないのです。
自分で餌を遣るなら、徹底して責任を持って管理をして
貰いたいと思っています。

nekoneko







どうも近くで子猫が生まれている様な気がします。
子猫独特の声がしています。
必ず猫は安全な所を選んで産み落としますので、そんな場所を
探したのでしょう。
餌を与える人は、動物愛護の精神でその様にしているのかも
知れませんが他所の家に迷惑が掛かります。
本当に愛護精神が有るならば、もっと徹底した管理を猫の区別無く
施してみては如何でしょう。





燃えよドラゴンズ!!


酷暑日!!3

毎日暑い日が続きます。
本当に最近の暑さは猛暑を通り越して酷暑日の連続です。
毎年の事ですが、岐阜県の多治見市は名古屋より気温が高く
恐らく3℃近くは違うように思っています。
因みに多治見市までは名古屋からは比較的近いです。

昨日は多治見市の最高気温が『40.9℃』となりました。
午後2時20分の事でした、続いて埼玉県熊谷市では2時42分に
40.9℃となりました。
この気温の記録は74年ぶりに更新されました。
山形県で昭和8年に『40.8℃』が記録されて以来の事です。
人間の体温を越える気温になると、何となく気分が優れません。
特に基礎体温が低目の高齢者にとっては危機的な状態です。
それが、これまでの記録「40.8℃」を更新したのですから、驚きです。
では、74年前の40.8℃になった日は、人々はどんな風にして
暑い一日を過ごしたのかと、興味深く感じました。
多分、と云うより、冷房の設備は無かった時代で、暑さの回避は
今の様に出来なかったでしょう。
それでも、人は生きて行けたのですから、忍耐強さが覗われます。

aoさしずめ、こんな物を食べたくなる
←天候では無かったでしょうか。
74年前は、こんな冷たくて美味しそうな
氷は有ったのでしょうか。
気温が40℃を超すなんて事は予想
し難いですがこれは
今に始まった事出ない事も判ります。

aoao







丁度多治見市の気温更新のニュースを聞き、自宅の玄関先へ
温度計を持って行きました。
半木陰に温度計を置きましたが、温度はグングン上り
直ぐに40℃を越えていました。
植物もこの暑さではグッタリして元気が有りません。

今年花屋さんに薦められて購入した「スカエボラ」です。
オーストラリアが原産ですが「ブルーファン フラワー」又は
「ファンフラワー」とも呼ばれています。
花を広げた様子が ファン→扇の様に見える事から
「ブルー ファンフラワー」と呼ばれているみたいです。
花の色は、実際には紫色と言った方が良いと思います。

aoao







ベランダに置いていましたが、この暑さでは参ってしまいます。
それで、ベランダから降ろしました。
普通の日でも、この花に限っては水遣りは一日二回は必ず行います。
本当に水を欲しがる『スカエボラ』です。
40℃以上ある戸外では、植物も堪りませんね。




燃えよドラゴンズ!!












終戦記念日

第二次世界大戦を知らない人達が80%弱になったそうです。
そんな中毎年8月15日はやって来ます。
夫は自宅が焼け落ちる前、焼夷弾の投下される中、一人で
必死になって、逃げ回った事を感慨深く時々話します。

夫は昭和20年8月15日、旧制中学の2年生でした。
既に名古屋市内中心部に在った自宅は焼け落ちていました。
遡り昭和20年2月には父親が「風邪」が原因で亡くなっていました。
止むを得ず母方の実家に身を寄せ、岐阜県下の中学に
通学していたとの事です。

2年生の授業は5月迄、6月から8月上旬迄学徒動員として
長良川鉄橋が万が一爆破された時の事を想定して作業に従事ました。
鉄橋が爆破されたら東海道線は瞬時に列車は通れなくなってしまいます。
夫達は朝、或る駅で下車すると陸軍の兵隊さんが待っておりました。
そこで、一日入隊をし、新しい鉄橋架替に合わせ線路下の
路盤工事を行ったそうです。
同級生二人一組となり土砂をモッコに入れ担ぎ、工事現場まで
運搬する事を一日中繰り返したそうです。

8.158.15







因みに夫達より上級生達は軍需工場で働いていたとの事です。
生きて来た年月、それぞれの8月15日が有る事を
今更ながら強く感じます。
8月15日前日、即ち8月14日学校に保管されていた鉄砲を担いで
岐阜市の「水道山」へ運ぶ事を伝えられ、指示に従って
当日は(15日)山の中腹へ持って行くと、兵隊さんが待っており
持って来た「銃」を受け取り更に上の方へ持って行ったそうです。

8-15夫達は水道山の中腹に有る
自動車学校の広場へ全員集合させられ
12時からの玉音放送を聴いたそうです。
然し、雑音が酷く殆ど聞き取れなかった
との事です。
帰途、新岐阜駅で『終戦』した事を
知ったそうです。


8-158-15







終戦記念日、多くの犠牲者の御霊に白い花を手向けます。
但し、自分の写真の在庫からです。




燃えよドラゴンズ!!


本家へ・・・5

毎日暑い日が続きます。
立秋が過ぎてからの方が、今年は厳しい暑さです。
八月の盂蘭盆会の内に、夫が生まれた家へご先祖様の参詣に
出かけました。
元々は夫の父親が家を継ぐ筈でしたが、戦時中の民間企業からの
徴用制度で、造船所の事務方を勤める事になったのだそうです。

夜間は暖房も無く、風邪を拗らし、それが原因で療養する間もなく
体力が落ちて、還らぬ人となりました。
それで、本家からは離れて、独立して母子家庭で生活を
していたとの事です。
本家の跡を継いだのは、叔父に当たる人でした。
夫が生まれた家には違い有りませんが、何とも複雑な家族模様です。

叔父上も既に亡くなり、今は叔母との交流が有るだけです。
道筋から言えば、血の繋がりは殆ど無い状態ですが
夫のお爺様やお婆様が叔父上より先に亡くなっています。
お盆と新年は私達二人で、出来るだけ参詣に行くよう
心掛けています。


kumokumo







昨日の雲です。
入道雲が出ていたと思えば、もうこんな空です。
やはり季節は移っているのですね。
こんな日ばかりでは無いと思いますが、暦とおり
小さな、秋がそこまで来ている様に思いました。

kumokumo







風も気持ちよく吹き、洗濯物も気持ちよく
乾いていました。
現在は7圓寮濯機を使っていますが、使い勝手がよく
重宝しています。
今度買い換える時は、斜めドラムになるのかなぁ・・・と
思っています。
↑矢印の写真右は、取り込む前の洗濯物です。
洗濯ピンチがやけに目立ちますね・・・。




燃えよドラゴンズ!!


昨日は負けたワン・わん

お盆は墓参り5

息子達も土曜日から、お盆の休暇に入りました。
自宅の墓は岐阜県羽島市に有りますので、お盆は家族揃って
墓の掃除と、墓参りをしています。
都合が悪くて来れない人は別として、一年に一度や二度は
家族が全員揃ってご先祖の墓へ参詣する事は習慣にしたいものです。
毎月の命日の頃には私達が二人で墓を訪れます。
勤務がある息子達は盆と正月、お彼岸位で良いのです。

長男の運転で一路次男の家を目指します。
昔は道路も高速道路が無い景色が視界全部に入るものでしたが
行く所、高速道路ばかりで圧迫感を感じます。
後部座席で撮った写真は高速道路に阻まれた景色ばかりです。

inakainaka













inakainaka








夫の両親のお墓が有る周辺は長閑な田園地帯です。
最近は老朽化した家の建て替えが有ったり、宅地に転用して家を
建てる人も有ります。
inakainaka







inakainaka







雲がかなり多い日ですが、お墓の掃除をしていると暑さが
厳しいです。
二人の息子達が先頭に立って、丁寧にお墓の掃除を
してくれました。
一ヶ月で、雑草が沢山生えて来ていました。
何人かで草を抜けば短時間で済みます。
こうした事は、人として生きる限り、先祖の供養として
継承して行かなくてはなりません。

息子達は格別な愛情を掛けて貰った「おばあちゃん」の
お墓を、きっと特別な思いを込めて掃除をした事と思います。
それが、家族なのだと思います。






燃えよドラゴンズ!!


物干し場から・・・5

この所好天に恵まれています。
家の北側の物干し場からも夏の風情が感じ取れます。
珍しく白黒のかなり大きな蝶が木の枝に止まっています。
洗濯物を干しながら見つけた蝶を何とか撮りたいと
部屋にあるカメラを取りに行きました。
涼しい所なので、静かに羽を休めていました。

一寸距離が有りましたが、何とか撮りました。
同じ様な写真に見えますが、少しだけ近くに寄って見たり
しましたが、これ以上の大きさには撮れませんでした。

natunatu







natunatu







春先までは殆ど枯れ木となっていましたが、今は
緑が生い茂る木です。
どんな所でも緑が有ると、気分が良いですね。
抜けるような夏空は気持ちが良いです。
洗濯物を干しながら、こうして空や緑を見るのも、結構
楽しみですよ。


natu昼間の青空を思えば
この夕焼けは想像とおりでした。
住み慣れた街の夕暮れ時はいつもと
変りません。

昼間の青空、夕暮れ時の赤い夕日。
何気無い一日の瞬間ですが
こうした瞬間を毎日積み重ねられる事を
普通の事と思ってはいけないと
思っています。
健康に感謝をして、また次の日も
この瞬間を迎えられる様
過ごせたなら、平凡ですが
これ以上の事を望んでは
いけないと感じました。




燃えよドラゴンズ!!


雲も無く・・・5

立秋を過ぎて、猛暑日となっています。
クリーニング屋に出そうか、どうしよう・・・と
迷っていた私達の毛布の洗濯。
この猛暑日ならば、きっと乾いてくれる、と信じて自分で
洗いました。

勿論、ドライクリーニング又は「手洗い」としてあります。
洗濯機を使って洗いませんでした。
バスタブに水を張り、そこへ毛布を入れて、ドライ用の
洗剤を入れて付け置くのです。
何よりも、他所の家庭の毛布と一緒に大型洗濯機で洗われる事に
大変抵抗が有る私です。

極めて原始的な洗濯方法ですが、自分達の物だけなので
考え方によっては、一番安心出来ます。
これまで、天候が不安定で中々自宅で洗濯をする事に
踏ん切りがつきませんでした。
庭木の水遣りと、風呂水、洗濯と夏場は想定以上に水道水を
使います。

何処でもだと思いますが、私達は水道料金は上水道料金だけではなく
下水道料金も支払っています。
2ヶ月に一度の支払いですが、最近は昔ほど使っていないつもり
ですが、それが意外と高い料金の請求になっています。


aoiaoi







今年もタチアオイが咲いています。
何となくハイビスカスに似ていると思いますが、同じ属科の
花なのでしょうか。
このタチアオイは誰かが家で育てていたのですが
大きくなりすぎて、市の管理する植え込みに知らない内に
入り込んでいたのだそうです。
お陰で、私は毎年咲くこのタチアオイを見せて貰っています。


aoiタチアオイはハイビスカスより
花の咲く時間が長いように感じます。
これは、今日撮った物では
有りませんが、まだまだ元気です。

不要になると、市の植え込みに
持ってくる・・・。
無責任といえばその様ですが
却って道行く沢山の人に見て貰って
タチアオイは幸せかも知れません。





燃えよドラゴンズ!!


遅まきながら・夏本番・・・

遅まきながら夏本番です。
私は生まれたのが八月なので、何となく夏が好きです。
これまで、天候が安定せず毎日がグズグズとしていました。
今年は、これで夏も行ってしまうと、少々淋しさが有りましたが
2〜3日前から、猛暑がやって来ました。

mousho毎週金曜日は乳酸飲料の宅配日です。
もう何年になるか記憶に有りませんが
何かの切欠で宅配が始まりました。
金曜日の宅配は、夫が愛飲しています。
何人かの配達の人が代わりましたが
その度に受け取る方もある程度
気を使います。

今回から宅配の新人が来てくれました。
彼女は、フィリッピン人です。
日本人の男性と結婚して3歳の男の子が
いる頑張り屋さんです。
29歳とは思えないあどけなさが残る
可愛い人です。
慣れない日本の文字で自己紹介をした紙を渡してくれました。
彼女は一生懸命に日本語の習得に努めています。
「お早うございます!!」と
元気の良い言葉で初めて我が家へやって来ました。

勿論指導員つきですが、計算機を片手に間違えないよう
一生懸命でした。

moushomousho







玄関先の山丹花を見つけて「フィリッピンにも有るよ〜」と
懐かしそうに眺めていました。
左が今咲いている自宅の山丹花、右は通りで見かけた山丹花です。
同じ山丹花でも、一寸種類が違うように思いました。
色も違いますね。

moushomousho












乳酸飲料を受け取ってから、街へ買い物に出かけました。
両手が塞がると荷物がもてないので、どうしても帽子が必要です。
『暑いなぁ・・・』と言いながら、地下鉄の駅に向かいます。
暑さの精で、歩いている人は数えるほどしか居ません。
でも、所用が有れば出かけなくてはなりません。
アスファルトやコンクリートの照り返しは、気分が苛立つほど
キツイ暑さです。

青い空と街中の光景。
何時も見慣れた場所から又写真を撮ってみました。
これこそが、思い描いた夏の風景です。







燃えよドラゴンズ!!


横綱審議会は、何のために有るのか・・・

kumokumo







再度横綱朝青龍関の問題について私なりに感じたことを書き込みます。
これまでに相撲協会に「診断書」を提出し、モンゴルに帰国。
そこで、彼のサッカーに「興じる」姿が映像として流れました。
朝青龍関は日本へ帰国して、相撲協会に謝罪をしました。
協会はこれまで、再三の違反行為に注意を促して来ましたが
今回ばかりは厳しい処分を下しました。

診断書を提出し、その通りの病気で有れば、あのサッカーに興ずる
姿はどんなに贔屓目に見ても許される事では無いと思います。
今は情報が早く流れる時代ですし、カメラやビデオの撮影も
プロでなくても可能な時代です。
どんな言い訳をしても、診断書通りの「動けない」状況では
無かった事は確かです。

此処に来て、同情論や「もっと厳しく・・・」と云う声も聞かれます。
その様な中、精神科医が診察した所「うつ病一歩手前」であり
速やかにモンゴルへ帰国させるのが「ベター」と記者会見で
述べています。
又、協会所属の医師に依る診断も「急性ストレス症・・・」みたいな事を
述べています。

土俵上の態度からこの様な「うつ病寸前」の変貌振りは
私たちからすれば想像もつきません。
相撲協会の理事長の記者会見も未だ開かれず、高砂親方の独り言に
等しい頼りない言葉を発する姿しか届いておりません。
私は相撲協会が設置している「横綱審議会」の委員の方々の
ご意見を、今こそお聞かせいただきたいと思っております。

横綱に昇格させる時だけの「審議会」では無い筈ですが、どうも上手く
機能していないと言う印象しか私には有りません。

こんな精神力の弱い横綱は、かって有ったでしょうか。
この病名を言えば、何でも許されるような社会の風潮に
苦言を呈したいです。






燃えよドラゴンズ!!










立秋!5

早いもので、昨日は「立秋」を迎えました。
今年は春先から天候が不順で、梅雨も明けたのか、どうか
判らない内に次々と強烈な台風が来ました。
7月中にあんな台風はこれまでには余り記憶に有りません。
これも地球温暖化の影響なのでしょうか。

夏はカットした日照りと入道雲が特徴です。
今年の5月頃に時々見た入道雲は、何だったのでしょう。
梅雨が明けてから、不思議と今年は入道雲を見る事が
出来ません。
一寸淋しい夏ですね。

昨年の今頃に自宅には野ボタンが咲いていました。
それより、未だ春が浅い頃一輪だけ、狂い咲きをしていた事が
思い出されます。
今咲きだしている野ボタンは、丁度昨年と同じ位の咲き方です。
野ボタンが咲きだすと、今年の夏も次第に終わりに近いですね。

nobotannobotan







nobotannobotan














野ボタンは一日しか咲いていません。
何となく淋しい気がしていますが、蕾は未だ沢山
付いています。

nobotannobotan















確かに野ボタンは、次々咲いて、大分寒くなるまで
咲き続ける様な記憶があります。
今、日中は立秋を迎えたとはいえ、一番熱い時です。
暑さにグッタリとしている時もしばしば有りますが、日が落ちて
水遣りをすれば元気になります。





燃えよドラゴンズ!!


七夕祭り(旧暦)5

8月6日・7日と二日間にわたり地元の神社
多奈波太神社の祭りです。
漢字では↑の様に書きますが、普通は「七夕祭り」と
呼んでいます。
一般社会がそうである様に、何処も少子高齢化です。
昔から伝承している町の祭り用の「獅子頭」は全部で
八つか、九つ有ると聞いています。

自治会の予算から、古い獅子頭の修繕をしたいと
考えているようですが、修繕の費用が異常に高く困っています。
今の自治会の男性達が子供のころも、同じ獅子頭を使って
祭りの時に町内を走り回ったと聞きました。
子供の数が昔とは桁外れに少ない状態です。

幾つかの壊れた獅子頭の修繕は見送りとなりました。
どうも獅子頭が無い町内が譲り受けるらしい事も
判って来ました。
本当は、綺麗に修繕して次に渡す事をしたら、相手に
喜んで貰えると思います。maturimaturi













maturimaturi







写真の祭りの祭壇には全部の獅子頭は出してありません。
右は、耳が無くなった獅子頭です。


maturimaturi







獅子頭の顔立ちも、夫々違います。
この獅子頭は、塗装が一寸剥げている程度です。

maturi←矢印の少年はわが町のアイドル君。
アメリカへ短期留学した女子高校生。
ホームステー先の
男の子が日本の女の子に夢中になり
国際結婚をしました。
私たちと同じ町内で新婚時代を過ごし
アメリカへ親子5人で帰りました。
毎年6月初旬にお母さんの実家へ子供達
3人で来て、地元の小学校へ通学しています。

日本語も、英語も堪能です。
8月24日まで居ると言っていました。
此処の祭りも、こうした国際結婚によって
生まれた子が参加する時代となり
とても、賑やかです。

お母さんの国、日本の伝統文化も良く理解して欲しいと
思いました。
皆一緒に遊んでいると、日本の少年とちっとも
変りはありません。シュウ君と言います。
もうお姉ちゃんたちは「大学生」だと聞き
大変驚きました。


maturimaturi







生まれてまだ9ヶ月の赤ちゃんです。
お母さんの熱心な希望で、「祭りデビュー」です。
お獅子が、チョット怖そう、でも興味津々の顔付きです。
ハッピ姿が、一番可愛い、お祭りの参加者でした。

正午から午後四時過ぎまで、お宿に詰めての手伝いでした。
息子達にもこんな時が有ったと思うと、光陰矢の如しです。




燃えよドラゴンズ!!


昼火事

昨日から旧暦の「七夕祭り」です。
地元の神社が「多奈波太神社」と云う名前です。
子供の数が少なくなり、以前に比べれば祭りの規模も
縮小しなくてはなりません。
町内の中で、二ヶ所有った祭りの「お宿」も今年から
一箇所に集約されました。
僅かではありますが、お祭りのお供えには、必要な物を
購入して貰えば良いので、「現金」を届けました。

そこで、もうお昼になり、昼食を始めた所
けたたましく消防車の音がして来ました。
家の中に居ると、前の道路を走って行っても意外に音が
小さくしか聞こえません。
でも、次第に騒がしくなり、戸外へ出てみると自宅前の道に
2台の消防車が停車中です。
どうも火元はもう一筋北の通りのアパートで有るらしい事が
判りました。

kajikaji












写真を撮ることも出来ず、唯見ていましたが急いで家に戻り
携帯電話で撮る事にしました。
木造のアパートですが、殆どが一人暮らしの人達です。

kajikaji












火元は足に障害のある人が借りている事が判りました。
常日頃から大家さんは「蛸足」で使っている家電製品を見て
注意をしていたと、大家さんから直接聞いています。
障害のある人の為にか、連絡用の電話器具が『市』から
与えられているとの事です。
火元になった家の人は、その電話から「発火」した、と
大家さんに話したそうです。

万が一冬場で灯油を使って暖房していたら、きっと
大事になっていたと考えられます。
たこ足配線は、危険だと思いますが、大家さんの不安が
的中して、ショックを隠せない様な状態でした。
今年になって、その大家さんをしている人とは昨日はじめて
会いました。

kajikaji













幸いにして昼時で、祭りの獅子を被って走り回る子供達と
すれ違いが無くて良かったと感じています。
至る所に消火栓が設置してあり、いざと、言う時には迷わないで
済む様になっています。
消防車は合計で6台も来ていましたが犠牲者が無い火事で
不幸中の幸いでした。

蛸足配線にはくれぐれ注意をしましょう。






燃えよドラゴンズ!!


整理したら・・・5

最近夫は自分のかっての仕事の資料等の整理をしたいと
言っていました。

これも、あれも、皆愛着の有る仕事の関係の書類やゴルフコンペの
案内状が数々出て来ました。
夫にしてみればどれも、自分が歩んできた道そのものですから
長年にわたりロッカーに保存して有ったのでしょう。
色々有る中で、整理をしていると意外に勤務先の若い人の
結婚式に出席している事が判りました。

kekkonnこの写真は一部ですが
長い事保存して有りました。
もう、整理をしたいと、私も当時の事を
思い出しながら感慨深く眺めていました。
幸いにして、仲人を勤めた人達は
子供さんにも恵まれ、一人を除いては
概ね順調です。

kekkonnkekkonn







写真の様な封筒も出て来ました。
何だろう?と思って開けて見ました、それは長男達が
結婚披露宴を済ませてから、友達を沢山呼んで開く
二次会の案内状でした。
誰がこれを作ったのかわかりませんが、手造りです。
結婚してもう何年か経過していますので、封筒の色も
色あせていました。
あの頃は、ホテルの披露宴が主流でしたが残念ながら
今はそのホテルは名古屋から撤退してしまいました。
そんな事を考えると、結婚披露宴をしたホテルが無いのは
息子達にとっては、一寸寂しい事かも知れません。



kekkonnそして、仕事の関係で接待役に
来て貰う人も確保しておかなくては
ならなかった夫は写真の様な
女性の名刺も何枚か持っていました。
私が知っているだけでも、錦三の(中心街)
クラブの名前などが何件もリストアップ
しておりました。
何処のクラブか名前は忘れましたが、有名なクラブです。
お店へ行った翌日には、必ずママさんから自宅に電話が有りました。
思えば懐かしいです。

電話が無い時は必ず私にお洒落な洋菓子が届きました。
遠い昔の話しとなりましたが、クラブへ出入りした事も
仕事柄、止むを得ない事情だったのです。
「まだ、他のママさんの名刺有ったでしょ?」って聞いた所
全部処分したとの事です。


よき時代の、懐かしい名刺です。
もう、年月が経過していますので、名刺を載せました。

今日は終日夫に付き合い整理を手伝いました。
今度は私が手伝って貰う番です・・・。
今週は可燃ごみ、資源、不燃ゴミと沢山出す事になりそうです。




燃えよドラゴンズ!!


今年が最後か・・・

自宅の近くに有る公的機関の宿舎が老朽化と共に
民間に土地が譲渡された模様です。
この宿舎は昭和42年頃の建設ですから、かなり痛んではいました。
宿舎には独身男性が結婚までの間過ごしていたようです。
場所的には大変便利な所なので、殆ど部屋は何時も
埋まっていたようです。

外周には一寸した植え込みがあり、季節の花が植えてありました。
毎年、この植え込みには「キバナコスモス」がさきました。
今は誰も管理者が居ない状態なので手入れは全くされていません。
キバナコスモスは夏の間元気に咲き乱れ、私の心を癒してくれました。
最近になって、ボーリング調査が始まりました。
愈々民間に渡った土地に何か他の用途の建物が建つ可能性が
出てきました。

キバナコスモスも今年が見納めかと思うと淋しい気分に
なって来ます。
この宿舎でパートで働いていた人達は皆近所の顔見知りの
人達でした。
彼女達も何処か他の所でパートに励んでいるかも知れません。
何が建つのだろう・・・。

高層ビルが建ったら嫌な事です。
ボーリング調査をしていると言う事は、地下何階かを
建設する事が決まっているんだろうか・・・。
静かな環境が変らない事を祈っています。

natunatu













今年で見納めとなるかも知れないキバナコスモス。
一寸薄い黄色のキバナコスモスが可憐に咲いていました。

たかがTシャツされどTシャツ

つい先日梅雨が空けた所も有る今年の日本列島です。
暑さは、35度以上には中々なりません。
夏になると、普段着も一寸した買い物も重宝するのは
Tシャツです。
洗濯を小まめにする季節なので、素材も棉100%の物が多いです。
5月ごろ、暑さを予想して、一枚のTシャツを買いました。

夫も一緒の時でした。
細かいボーダーでそんなに派手な色使いのものでは有りません。
デパートでブラリ歩いている時に眼に入り買ったのです。
無地のジャケットのインナーにも良いと思いました。
所が一度着てから、ネットに入れて『洗濯を』しました。
恐らく何処のご家庭でもTシャツ位は私と同じ方法で
洗濯をなさると思います。

natunatu







着古したTシャツですが、殆どこの数年間出しては着ています。
話を戻します。
買ったTシャツは乾いたら猛烈に縮み、着丈が短くなり
哀れな姿になりました。
一時は「仕方ない」と考えましたが、支払った料金に見合いません。
そこで、思い切って縮み上がったTシャツを買ったデパートに
持って行きました。

信じがたい事でしょうが、顧客に商品を見せられては何らかの
対応をしなくてはなりません。
私は、払った料金を「返還」して欲しいと言う事は
一言も言って来ませんでした。
デパートもこうした苦情を、真面目に聞き入れなくては
ならない時代になって来ました。

そのTシャツより安い商品でも、私が気に入らないほどの
縮み方をする商品は殆どありません。
それで写真のシャツのように何年でも着る事が出来るのです。
価格破壊の起きた繊維業界は、何とかして生き残りを考えます。
そうであれば、粗悪品を売っては負けになってしまいます。
たかがTシャツされどTシャツです。

勿論デパートの婦人服売り場の責任者の方から自宅に謝罪の言葉と
この様になった商品の取り扱いの経緯についてお聞かせいただきたいと
言って来ました。
勿論洗濯前の商品のサイズと縮み上がったのを比較してからの事でした。
名古屋のデパートは4Mとタカシマヤが凌ぎを削っています。
誇り有るデパートではこうした商品を売れば、デパートに傷がつきます。
(4Mとは、松坂屋、丸栄、名鉄、三越を指します)
婦人服売り場の責任者の人は、早速メーカーと連携して「お調べします」と
言っていました。
これは、中国製の商品ではなかったので購入したのですが、ちょっと
残念な事でした。




燃えよドラゴンズ!!


横綱の出場停止!3

sumousumou













日本の大相撲が国際化している事は時代の流れで止むをえません。
然しながら日本の大相撲の伝統は古式に則りその形式をこれまで
遵守されて来ました。
これを壊す様な外国人力士の行為は国民感情として許される
ものでは有りません。

sumousumou














今回の横綱:朝青龍関の行動は余りにも常軌を逸したものでした。
モンゴルにも日本と同じ様な
『郷に入れば郷に従え〜』と云う趣旨の諺が有るようです。
それを考えれば日本のルールを守ることは当然の義務と考えます。
従って今回の厳しい処分は、これまでの数々の違反行為の
積み重ねなので、甘んじて受け入れなくてはなりません。

横綱である以上、心・技・体・人間として最高の内容を
持ち合わせなくてはならない立場です。
以上の意味合いから、私は今回の
「二場所出場停止」の処分は当然の事と思いました。



sumousumou







朝青龍関はモンゴルから日本へ来て、日本の高校を卒業しています。
言葉は充分通じます。
日本の仕来りも充分学んだと思っています。
横綱は、強いだけではいけないのです。
他の多くの力士に最高の模範を示さなくてはなりません。
その辺の所が、日本人である我々から見ると
日本文化の軽視に繋がる様な相撲振りが眼につきました。

残念ながら現在の日本人力士には横綱に直ぐなれるような
力量の持ち主は見当たりません。
日本の伝統文化『大相撲』を守る為には日本人の奮起を待たなくては
なりません。
若い日本人力士には奮起して貰いたいです。

今日の画像は、名古屋場所の頃に撮ったものです。




燃えよドラゴンズ!!









livedoor ピクス
本ブログパーツの提供を終了しました
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
Profile
Recent Comments
Recent TrackBacks
Categories
livedoor 天気
バックグラウンド ミュージック
  • ライブドアブログ