d47d94d0.jpg去る8月6日、広島で原爆の死没者慰霊式・平和記念式典が
挙行されました。
今日は長崎で61回目の長崎原爆の日の式典を迎えました。
広島では約17万人、長崎では約7万人の尊い命が
一瞬にして失われました。

この式典をTV中継で心静かに見ておりました。
主人は昭和20年3月の名古屋大空襲で家を焼失し
市街地を逃げ回ったと聞いております。
幸いにして、焼夷弾の直撃は免れ助かりました。
当時主人は中学一年生でしたが、焼夷弾の火の海は
恐怖が走ったと述懐しています。
父親は家を焼かれる一ヶ月前に、母親の実家に疎開、そこで
亡くなっています。

住んでいた家は焼かれても、祖父母の家が有りました。
そこで、それ以来祖父母の家で過ごす様になりました。
戦渦は益々激しさを増した事は云うまでもありません。
原子爆弾の洗礼こそ受けなかったものの、主人の父は
隠れた戦争の犠牲者の中に入ります。
民間の会社から軍需工場へ徴用され、事務方として、昼夜を問わず
働きました。
体調の異変に気が付いても、医薬品は無い時代でした。
そんな事を、皆さんは信じられないと思いますが
本当に有った事なのです。

改めて二つの平和式典を通じて、平和の尊さを
実感する私達世代です。