最近届いた友達の息子さんからの挨拶状には
「母は逝去いたしました」と記されていました。
昨日町内の方の訃報では、喪主に当たる人が自分の家族が
無くなった事を知らせる文面の中でやはり
「兄は逝去しました」と書いていました。

家族がそうした事になった場合昔人間の私は
何故家族に対して「敬語を」使うのか?
不思議でなりません。
細かな事を言う訳では有りませんが一般的に考えても
家族の訃報は「永眠」とか「他界」「死亡」と書くのが
普通ではないかと思います。
一流企業のトップを務めた方が亡くなり新聞に記事が出ています。
そんな時には記事を書き、社会に知らせる為に書く記者の判断で
よく「逝去」と書いています。
それは許される事として、やはり家族が出す訃報には
「逝去」は一寸ね〜。
今の時代、言葉の使い方、特に「敬語」の使い方に
問題が有る様に感じられます。

「母は逝去いたしました」と記されていました。
昨日町内の方の訃報では、喪主に当たる人が自分の家族が
無くなった事を知らせる文面の中でやはり
「兄は逝去しました」と書いていました。

家族がそうした事になった場合昔人間の私は
何故家族に対して「敬語を」使うのか?
不思議でなりません。
細かな事を言う訳では有りませんが一般的に考えても
家族の訃報は「永眠」とか「他界」「死亡」と書くのが
普通ではないかと思います。
一流企業のトップを務めた方が亡くなり新聞に記事が出ています。
そんな時には記事を書き、社会に知らせる為に書く記者の判断で
よく「逝去」と書いています。
それは許される事として、やはり家族が出す訃報には
「逝去」は一寸ね〜。
今の時代、言葉の使い方、特に「敬語」の使い方に
問題が有る様に感じられます。