「何も用は無いけれど〜」と言う決まり言葉で電話をして来る
同級生の友達。
そう、普通は「何も用は無いのだけれど〜」と言ったら「用は無い」のが
本音の所です。
彼女は気立てが優しく控え目な態度で何方からも愛されています。
最近では私の所に「低額」になった「携帯電話」を利用して電話を
掛けて来ます。




2013-09-17 013-z_500



私は「用が無ければ」誰にも電話はしませんが彼女は
「用が無くても」電話をして来ます。
外出が出来なくなった足腰の状態の事を考えてみれば、電話だけが
唯一彼女の心の拠り所になっている様です。
以前は彼女に会う為に地下鉄に乗り彼女の自宅の一番近い駅まで
私が出掛けて行きました。

所が最近では彼女の「最寄りの駅」までも自力で歩いて出て来れず
生の声で話をするのが生き甲斐になっています。
健康な人でしたが加齢と共に足腰が急に弱くなり殆ど家の中で
生活をしています。
そんな状態ですから「何も用はなくても」電話をしたくなるのです。
昨日は「終戦の日」でした。

彼女は心が純粋なのでしょう、12時近くになってきたら「終戦の日」の
政府主催の「式典」が有るので電話を切ると言い出しました。
彼女は「天皇様が戦没者の慰霊をなさるので、私も一緒に亡くなった
 人達の為にお祈りをします」と言いました。
矢張り彼女は気持ちが優しく純粋な人と感じました。
勿論電話を切り、私も合図と共に「黙祷」を致しました。

会場に招かれた戦没者の遺族の人達は一様に高齢となり
戦後「70年」と言う年月の長さを感じざるを得ませんでした。
毎年「8月15日」は「鎮魂の日」として先の大戦で命を落とされた方々の
慰霊を忘れてはならないと感じました。
何処かで内戦や紛争が絶えない時代では有りますが、私達は
「不戦の誓い」を心に秘め、平和の尊さを感じ取るべきと思いました。





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